
“古典から新作まで。若い世代からシニア世代まで。その垣根のない落語で、私達を楽しませてくれる桂文珍さん!今回はそんな桂文珍さんに「お笑い」と「シニア」について伺ってきました!”
“−笑うシニア.comは『お笑い』をキーワードにシニア世代の皆さんに楽しんで頂こうというサービスなのですが、来ていただいたお客様に楽しんでいただくにはどのような心構えがあればよいのでしょうか。
僕は学生の頃、アマチュア落語家として、どこへ行ってもウケるものですから、すぐにプロになれて飯が食えると思っていたんです。けれども、プロになって京都花月に出てみたら全然ウケない。何故なんだろうと、考えてみると、一つは『(お客さんと)世代が違う』こと。そしてもう一つ大きかったのが、『お金を取っている』ということでした。友達を相手にやっていたのと違い、『プロっていうのはこんなに厳しいものか』って身を持って経験しましたね。 自分が誰かに何かを提供するときは相手が何を望んでいるかという事をきちんとリサーチすることがとても大切だと思いますよ。
もっとも、その時はどうしたらいいんだろうと悩みました。だけど古典落語というものは良くできていて、お越しになっているシニアの皆様よりも年齢が上なんですよ。江戸時代の噺が、色んな落語家の口を通して何度も話されるうちに洗練されていくんですね。今の時代に合わなくなってしまった噺もありますけど、合う物として残っている噺を何とか背伸びしながらやっていくと、自分の背丈が伸びていって、やっと背丈が合う様になって来た噺を次世代のために、ちゃんと若い人が演じてもウケる様に作り直したり、仕立て直したりっていう事が出来るようになるんです。 最初は、『こんな高いの、飛ばれへんわ〜』と思っていたハードルが、どんどんどんどん跳べる様になって、バーの高さが変わっていったり、跳んだふりをしながら下潜ったり(笑)と色んな事ができるようになる。そういうことを体で覚えていくんですね。それがキャリアでしょうね。
−師匠を初め噺家のみなさんのそういう創意工夫の積み重ねがあったからこそ、江戸時代に生まれた噺を今こうして楽しめるわけですね。
そうですね。また、私の会の場合、客席に非常に若い人もいれば、高齢者の方もいらっしゃいます。そこが他の方と違う所で、面白い所なんですね。面白い物っていうのは実は非常にシンプルかつ素直で、世代を飛び越えていくパワーがあるんです。そういうものをたくさん提供しなければいけない。山藤章二さんが「文珍さんの落語はバリアフリーだ」と評してくれたんですが、なるほど上手い事をおっしゃると思いましたね。私は『世代』のバリアフリー、それから、古典落語であろうが、新作であろうが、『面白いという事で全部を超えていく』バリアフリー。それから、『初心者の方にも楽しんでもらおう』というバリアフリーの笑いを提供したいという様な事を最近は考えています。
−落語では現在では使われていない言葉や日常が出てきますが、そういったものは初心者への敷居の高さ(バリア)になっていたりするとお考えでしょうか?インターネットの場合は少なからずあるとは思うのですが…
そういうのは分らないままでもいいと思いますね。大切なのは空気ですよ。私が去年よくやっていた、『口入屋』、という噺なんかは非常にたくさん難しい言葉が出てくるんですけれども…簡単に言うと、スケベな男が女の所に夜這いに行くだけの噺なんですね(笑)。で、それをそう言っちゃあ色気がないですから、様々な表現をして情景描写をしていきます。ところが、その情景描写の所で考えてしまって足踏みをしていると、前へ進まない。 例えば僕が英語が苦手になったのは、英語を習い始めた時に、“アイ アム ア ボーイ(私は少年です)”って教えられてそれは分かったんですが、次の行に、“アイ アム ア ガール(私は少女です)”って書いてあって、『おれは男やのになんでこんなん言わなあかんねん』と思ってしまったんです。そういう風に思ってしまってはダメなんですよ。
『ダイハード3』という映画でね、『5ガロンの容器と3ガロンの容器があって、それを使って正確に4ガロン量らないと仕掛けられた爆弾が爆発するよ』って言われて、水をすくうシーンがあるんですが、そこでその問題の答えばかりを気にしてしまうと映画のストーリーがわからなくなってくるわけですよ。そこはわからなくてもサーっと流せば良いんです。答えは後で出てくる訳ですから。
私も落語の分からない部分が、ある日、歌舞伎を見ていたら、『おお!(引用元は)これか!』って分かったり、文楽を観ていて、『お!ここの事を言っていたんだ!』っていうような事がよくありますから。分からない部分があるという事は何も恥ずかしい事ではありませんよ。
時代と共に言葉は変わっていきますけどね、その片方でちょっと古い言葉をさりげなく使ってみて奥行きをだすというのが、そこはかとない空気を作ったり、古典の世界感を出すには良いんでしょうね。藤沢周平さんなんかは江戸時代に生きていたわけでもないのに、それを上手いこと表現なさるでしょう?
―なるほど。確かにそうですね。とはいえ、落語もインターネットも楽しむためには基本的な言葉は押さえておきたいですよね。
もちろん、知っている言葉が多いほどより深く楽しめるでしょう。そういう意味ではシニアのみなさんの中には落語をゲーム感覚で楽しまれている方も多くいらっしゃると思います。分かり易く言うと、携帯ゲーム機の脳のトレーニングみたいなものなんですね。ゲームの方は、ピッピッと押さないかんのですけど、落語は聞いているだけで前頭葉を刺激して、イマジネーションで人物が動き始めるんですね。若い時は即物的なものしか分からなかったのが、年齢と共にそれが分かる様になってくる。それに自分自身の体験もありますから、映像が浮かぶわけです。若い人の中にも映画やテレビで見た記憶を引用して情景を想像しながら落語を楽しんでいる人たちがいらっしゃるようです。 そういった感じで、お客さんに『言葉のピースを順番に差し上げていく』のが僕の仕事なんです。その言葉のピースを使ってお客さんが情景のジグソーパズルを作りあげていく。それが絵になって動き始めて、オチが来たらガシャンって潰れる。そういうところが楽しいですよね。
―今年25周年を迎えられた8月8日の「吉例 桂文珍 独演会」では『マニュアル時代』、『茶屋迎い』、『包丁間男』を演じられましたが。
そうですね。今年はその3本を演じました。『マニュアル時代』は若いアルバイトの方々を面白おかしく観察した話で…今まで正社員中心だった労働力が、会社の利益効率を高めるために、派遣社員やアルバイト、フリーター、様々な形でアウトソーシングされ始めていますよね。それに加えて外国人労働者が入ってくる。働く側にとって、非常に大変な時代になってきています。このネタでは、そうしたことへの警鐘をさりげなく提示していますけれど、実は結構深いテーマなんですよね。 その時、刹那的に笑えればいいというものではなくて、時代背景などをしっかり考証したテーマ性のあるものを非常にシンプルで面白い噺として提示する。そうするとお客さんは笑ってくださるんですね。…やってる途中でわかったんですけど(笑)。最初からそんな事は考えてなくて。
『茶屋迎い』は出てくる人物が愛欲に溺れていくっていう噺です。“愛欲”って良いでしょ?はははは。それをずっと怒っているお父っつあんが、さぁ、どうなるか!?っていうことです。想像通りの展開になっていくんですけどね。
『包丁間男』は、もの凄くモテる男と、全くモテたことの無い男がいて、モテる方の男が一緒にいる女と別れたいっていうので、モテない男に、『貸している金が返せないんだったら、返済する代わりに間男になってくれ』という話です。ははは。凄い噺ですよね。男も女もその本音と建前が交錯する非常に面白い大人の噺なんです。これはこの歳になって初めて演じられるようになりました。若い人はニヤニヤ笑てるし、僕らくらいの世代の人は、うんうん、なんて。んで、お爺ちゃん達も、う〜ん、そうだそうだ、みたいな感じで。演じながら、ご覧になっている方々の様子を観察するのが面白い噺ですね。
古典落語って人間の持っている欲望とか業とか、そういうものを全部肯定してしまっているんですよね。だから、『あぁそれ分かる、そういう側面あるよなぁ』ってことがいっぱい出て来ます。そういう所が落語の面白いところですね。
―最後になりますが、シニア世代の読者にメッセージをお願いできますか?
最近読んだ本で、『モグラ女達の逆襲-知られざる団塊女』(残間里江子:著)という本があってね、これによれば、団塊の世代はおよそ700万人位いるのかな?でもその半数は女性なんですよ。この女性の事をズボーッと抜いて議論されることが多いんです。お母さん達は楽しい事を知っているんですよ。でもお父さん達は企業戦士として働き詰めでこれまで生きてこられて、お母さんの気持ちもわからないし、日本のエンターテインメントも知らない。会社にいる時は、専門的な情報はたくさん入ってきたけれど、定年以降は地域の皆さんの情報と、TV位しか無くなっていて、TVは自分に合ったものはやっていない、っていう風に気付かれて。でも一歩表へ出てみるとですね、エンターテインメントという世界が、あなたをウェルカムしていますよという事で、ご夫婦で是非とも楽しんでいただきたいですね。 シングルの方もいらっしゃるかもしれませんが、そういう方は新しい恋人やお友達同士でお越しいただくと楽しいと思いますね。 で、エンターテインメントが終わってお飲み頂くビールも格別な味わいがあるでしょうし…要は、人生はあまりに退屈だと思いますんで、娯楽っていうものはその退屈っていうやつを紛らわせてくれる重要なポジションだと思います。楽しかったり愉快だったりをご夫婦で共有できるチャンスだと思いますから、奮ってお越しになって下さい。
―ありがとうございました。